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福島地方裁判所 昭和34年(行)20号 判決

原告 金成義久 外一名

被告 福島県知事

主文

原告らの請求はいづれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告が別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一二月五日及び別紙第二目録記載の土地につき昭和二九年二月二四日なした、譲渡人小野英八郎、譲受人藤井すみ間の所有権移転許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、別紙第一及び第二目録記載の土地はもと訴外小野亀次の所有であつたが同人は昭和一一年九月二七日死亡したので、養子たる訴外小野英八郎が家督相続によりこれが所有権を取得したものなるところ、別紙第一目録記載の土地は原告金成義久において、大正一〇年頃前示亀次より賃借し爾来小作して来たものであり、別紙第二目録記載の土地は原告小野務平が大正一五年六月二日訴外立花雄七より買受けて所有するものである。仮に買つたものでないとしても、当時買受けた磐城市雁帰台一六番畑六畝一六歩の一部であると信じ爾来善意、平穏且つ公然に耕作を継続して来たものであるから、同日より一〇年を経過した昭和一一年六月二日時効によつて右土地の耕作権を取得したものである。然るに被告は別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一二月五日、別紙第二目録記載の土地については同二九年二月二四日いずれも譲渡人を小野英太郎、譲受人を藤井すみとする売買に対し、農地法第三条の規定による所有権の移転許可をしたものである。

二、しかしながら、右許可処分は次の理由によつて違法である。

(1)  本件許可処分は、前示英八郎の親権者である養母小野寿似から所轄磐城市農業委員会を通じて提出された所有権移転の許可申請にもとずきなされたものであるが、右は寿似が、英八郎の親権者であることを奇貨とし、本件土地を実子すみに無償で譲渡せんとして「英八郎との養親子関係を解消してすみの世話になる関係上譲渡する必要がある」と虚偽の理由を付して申請したのを、前示農業委員会は事実を調査することなく、漫然譲渡を相当である旨進達したために、なされたものであるから、本件許可処分は内容虚偽の許可申請にもとずいてなされた違法がある。

(2)  本件許可申請は、寿似が自己の利益のため、その親権に服する英八郎所有の財産を、実子すみに譲渡する目的でなされたものであるから、寿似と英八郎とは利害相反するものである、従つて英八郎のための特別代理人から申請しないで寿似の申請にもとずきなされた本件許可処分は違法である。

(3)  農地は小作地につき、その小作農及びその世帯員以外の者が所有権を取得しようとする場合は、許可してならないことは農地法第三条第二項第一号の規定するところである。然るに別紙第一目録記載の土地は原告金成義久が賃借の上耕作して来た小作地であり、別紙第二目録記載の土地は原告小野務平が大正一五年六月二日から所有の意思を以て耕作してきたものであることは前記のとおりであるから、本件土地の所有権を小作人又は耕作者でない藤井すみに移転する旨の本件許可処分は右条項に違反した違法がある。

三、以上の理由により被告のなした本件許可処分は違法であり、その瑕疵は重大且つ明白であるから無効である。よつて本件許可処分が無効であることの確認を求める次第である。

と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

第一項は、原告小野務平が別紙第二目録記載の土地を権限に基いて耕作している者である点を除きその余は認める、原告小野務平の耕作は権限に基かない不当な耕作である。

第二項中、(1)は小野英八郎が小野寿似の養子で未成年者であること、本件許可処分は寿似の許可申請にもとずきなしたものであることは認めるが、その余は否認する。英八郎は小野亀次、寿似夫婦の養子となつたが、実際は養親と同居したことなく、もつぱら生家で実父母の下で暮らし、亀次が死亡して家督相続により亀次の財産を英八郎が取得してからは、寿似方は女世帯である関係上、何者かによつて英八郎所有の不動産に抵当権が設定されたり、売買の予約をされたりすることがあつたので、これを知つた寿似は小野家の財産を保全するため、本件土地の所有権を実子すみに移転したものであつて、右所有権移転は真に止むを得ない事情にあつたものである。

第二項の(2)(3)は争う。本件土地のうち別紙第一目録記載の土地は、原告金成義久の小作地であつたから、農地法第三条第二項第一号の規定に照らし、本件許可処分の違法性はまぬかれないところではあるが、右土地を譲受けたすみは賃貸借契約を解約しないことを確約しておるのみならず、原告小野務平の小作人としての地位は、農地法の定めるところにより、譲渡によつて少しも影響を受けるものではないのであるから、右違法性は本件許可処分の無効を招来する程重大な瑕疵となるものではない。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告が別紙第一目録記載の土地につき昭和二八年一二月五日、別紙第二目録記載の土地につき昭和二九年二月二四日、いずれも譲渡人を小野英八郎、譲受人を藤井すみとする売買に対し、訴外小野寿似が英八郎の親権者としてなした申請に基き、農地法第三条の規定による所有権移転の許可処分をしたこと及び別紙第一目録記載の土地は原告金成義久が英八郎の先代亀次より賃借して耕作する小作地であることは当事者間に争がない。

二、原告らは、本件許可処分は内容虚偽の申請に基いてなした違法があると主張するが、仮に本件許可の前提たる申請の内容に所論のような虚偽の事実があつたとしても、行政庁が許否を決定するに当つては、申請書に記載されている事実は勿論、必要とする諸般の事情を調査して、許可申請が所定の基準に該当するかどうかを判断し、公共的見地に立つて許否を決する権限と職責とを有するものであるから、被告において許可の申請が所定の許可基準に該当するとして許可した以上、他に特段の事由の認められない本件では、許可の効力に何等影響を及ぼさないものというべきである。しかのみならず、成立に争のない甲第七、八号証、乙第一号証、証人松本慧、吉田義雄(第一、二回)小野寿似、藤井すみの各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、当時本件許可の申請を受けた磐城市農業委員会は、被告に対する申請書伝達の前提として調査をした結果、藤井すみは本件土地の所有権を取得した後も、原告らから別紙目録記載の土地を取上げないことを確約している関係もあり、原告らの耕作には毫も支障を来さないこと等を確めた上、譲渡相当の意見を附して報告したので、被告はこれらの事実と諸般の事情を更に調査検討して本件許可処分を行つたものであることが認められるのであるから、磐城市農業委員会が何等の調査もしなかつたとする原告の主張は当らない。してみれば、英八郎と寿似との養親子関係が、いまなお継続していることの一事を以て本件行政処分が違法であるということもできないのである。

三、原告はまた、本件許可処分は所有者英八郎の特別代理人によらない無効の申請に基くものであるから違法であると主張する。しかし農地法第三条の許可は権利変動に関する契約の有効要件に外ならないのであつて、農地法が同法第一条所定の目的達成の為、農地所有権の一般的な移動を禁止している関係上、この禁止を解除して許可された当事者間においては自由に所有権の移転をなすことができるに至らしめる効果を持つに過ぎないのであるから、許否決定のための調査も当該農地に対する耕作者の地位の安定を阻害しないかどうか、農業生産力の増進に寄与するところがあるかどうか等、専ら農業政策上の行政的見地より行われるものである。従つて私法上の法律行為が有効に成立したかどうか等とは関係なく行われる許可処分においては、その申請は必ずしも英八郎の特別代理人によつてなされなければならないものではないし、当事者の予定した所有権移転がたとい成立しないか、効力を生じない疑があつても、それが為許可処分に瑕疵を生ずるということはないと解するので、仮に本件許可申請に原告ら主張のような瑕疵があつたとしても、それが為許可の効力を左右するものではない。しかのみならず成立に争のない乙第一号証によると、英八郎は昭和三四年四月一六日当裁判所平支部における同庁同年(ユ)第一号調停事件で、藤井すみとの間に本件許可に基きなされた別紙目録記載の土地に対する売買契約を有効として承認し、「別紙目録記載の土地がすみの所有に属することを争わない」旨の調停を成立せしめていることが認められるのであるから、この点に関する原告らの主張は到底採用することはできない。

四、原告らは本件許可処分は農地法第三条第二項第一号に違反すると主張するから次に審究する。

(1)  原告金成義久が別紙第一目録記載の土地につき賃借権を有する小作人であることは被告の認めて争わないところであるから、耕作者たる原告金成義久またはその世帯員でない藤井すみに譲渡することを許可するのは一応農地法第三条第二項に違反するのそしりを免れ得ないことは所論のとおりである。しかし原告金成は本件土地の所有権が藤井すみに移転されても、その耕作に何等支障がないことは前叙認定のとおりであるのみならず、許可処分については第三者である小作農が農地法第三条第二項で買受けることができる資格は、同法が小作地の所有者に対し小作農以外の者に所有権を移転することを禁止したことの反射的利益たるに止まり、これを以て小作農に買受けることの権利を附与したものということはできないのであるから、被告が前示禁止規定に反する所有権移転を許可したとしても、耕作者たる地位に影響を及ぼす等特段の事情の認められない限り、原告金成は自己の権利を侵害されたものとして、許可の無効を主張することはできないとも解せられるのである。

(2)  原告小野務平が現に別紙第二目録記載の土地を継続して耕作していることは当事者間に争がないところ、原告小野は右耕作権を時効によつて取得したとして、その耕作権に基き本訴請求をしているものと解すべきところ、(原告小野は大正一五年六月二日訴外立花勇七から買受けたとか、時効によつて所有権を取得したとも主張するものゝようであるが、一方これら所有権取得についてはその旨の登記を経由していないから、これを以て第三者に対抗できないことも自認しているので、本件では所有権を主張しないことが弁論の全趣旨から窺われる)仮に原告小野が時効によつて別紙第二目録記載の土地に対し耕作する権利を取得したとしても、その耕作者としての地位は、賃借権に基き耕作を継続している原告金成の有する地位以上のものではないことは明らかであるから、前示金成の主張に対する関係で判断したところは、当然原告小野に対する関係でも援用せらるべきものである。

然らば本件許可処分は農地法第三条第二項に違反するにしても、他に特段の主張・立証のない本件ではそれが直ちに原告ら主張のように重大且明白な瑕疵があるということはできないから、これを以て無効の行政処分であるということはできないのである。

五、以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 大政正一 軍司猛)

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